今月初め、ニューヨーク・タイムズ紙の女性記者ジョディー・カンター氏がオバマ米大統領夫妻の内幕を描いた新著『オバマ夫妻』が出版された。新著によると、ミシェル夫人は夫が非凡で偉大な指導者であることを「浅薄で未熟な国民が理解できず、無理解の犠牲にされている」と固く信じているそうだ。
ファーストレディーならずとも、夫の能力をそこまで神格化できる奥さんがいるとは、何ともうらやましいかぎりだ。一方のオバマ氏は議会の醜い政争が大嫌いだそうで、内心では上下両院の議員たちを軽蔑していた。このため、議会幹部らとの交流や根回しをおざなりにしたために重要法案で苦しみ、2年前の中間選挙では民主党の大敗を招く要因になったという。新著では、ホワイトハウスの初代首席補佐官を務めたエマニュエル氏とミシェル夫人が犬猿の仲にあったなどのエピソードも披露されているが、これを読む限り、オバマ氏は親友や側近とされる一握りの人々との付き合いを除いては人付き合いが悪く、どちらかといえば「閉じこもり」気味の性格として描かれている。
そんなオバマ氏だが、いよいよ対決心をむき出しに再選意欲を全開にしたのが先の一般教書演説だったといえる(1月24日)。
オバマ氏の演説は、有権者の多数を占める中間層をターゲットに絞り、「公正な機会と負担」を繰り返し訴えたが、気になるのは「中間層の味方」を強くアピールしながら、どこかに巧妙なレトリックのワナが潜んでいるようにみえることだ。
その一例は、全米の98%を占める「年収25万㌦以下」の世帯に「増税しない」と約束する一方で、年収100万㌦以上の富裕層には30%以上の税率を課す「金持ち増税」案を復活させたことだろう。確かに今の米国には保守の「茶会運動」にせよ、リベラルの「反ウォール街運動」にせよ、「金持ちをたたけ」といった険悪な空気が満ちている。
だが、本来の「米国の価値」とは、誰もが成功を競い合える「機会の平等」とともに、功成り名を遂げた成功者たちが財団や基金を通じて社会に貢献し、後進を育てる「自立・互助」の精神にあったはずだ。
あくまで個人や民間の自由意思に根ざした精神風土こそ「アメリカらしさ」なのに、金持ち増税は徴税と再配分による公権力の際限なき拡大(大きな政府)につながりかねない。「金持ち増税」を柱とするオバマ提案は昨年夏の議会で財政健全化論議を重ねた際に、共和党の反対で撤回させられていた。それをまたぞろ蒸し返した形である。
もちろん、かつての「エンロン事件」などのように、不当利得をかすめ取る悪質な経営者に厳罰で臨むのは当然だ。しかし、健全な成功者を罰するかのような増税は、結果としてビジネス界やひいては民間基金、財団の活力を奪い、富裕層の逃避すら招くのではないかと心配になる。
また、年収25万㌦(約1900万円)といえば、米国でもかなり豊かな層といえる。この金額で「増税・非増税」を分断するのは、やや政治的で恣意的な印象を受ける。共和党が「一方では超党派の協力を求めるふりをしながら、実質は国民を分断するポピュリスト手法ではないか」と反論したのはそのせいだろう。
実際、冒頭の新著「オバマ夫妻」では、閉じこもり気味だったオバマ氏が再選の決意を固めた最大のきっかけは、増税に反対して極端に「小さな政府」を掲げる「茶会運動」に対して、強い敵愾心を抱いたからだったと書かれている。中間層の味方を掲げるオバマ氏が、実はかなり「大きな政府」を目指すリベラル思考にこだわっていることが示されている。
「機会の平等か、所得の平等なのか」の議論や社会的セーフティーネットをどう設定するかは難しい問題で、奥が深い。とはいえ、選挙となれば「何でもあり」の技巧や戦術がものをいう。
とりわけ秋以降の本選では、党員や無党派層を含めて「バイタル・センター」(死活的に重要な中間層)と呼ばれる層の心をしっかりとつかむ戦略と宣伝が欠かせない。
オバマ陣営の本心は4年前の草の根リベラル層の再結集にありそうだが、そうした本音を覆い隠すカバーとして、「中間層の味方」という大看板を立てたのだとすれば極めて巧妙であり、手ごわい戦略に出てきたといえそうだ。
共和党の候補者選びは混戦模様に陥っているものの、ここでも欠かせないのは中間層対策だ。オバマ流とは中身の異なる「中間層戦略」を誰がどう打ち出してくるのかを注目したい。


by sam1970
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